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ルレナバケはラパスからアンデス山脈の急斜面ユンガス地帯を北へ車で約20時間下り、アンデス山系の支脈とアマゾン平原が接するところに位置する町である。ベニ州とラパス州の州境となっている大河ベニ川の岸辺に立つこの町は、山、平原、大河の三つが美しく調和した景色を持つ、風光明媚な町として有名である。
人口約1万2,000の小さな町ではあるが、町中には旅行社やホテルが立ち並び、観光産業が盛んである。しかし、そこの住民の多くは必ずしも経済的に恵まれてはいない。観光開発が行われている一方で、大多数の住民が小規模な農業に従事し、その数は約1,000家族以上に及ぶ。
ルレナバケ周辺地域に日本人が住み始めたのは1910年代から20年代頃であったという。ルレナバケの町の中心部には商業を営む日本人が数名住んでいた。対岸のラパス州サンブエナベントゥーラの町に移り住んだ者は、みな町の郊外で農業に従事した。レイエスという町には商業と農業を営む日本人が1人いた。またルレナバケとサンタロサには有名な大工がいたという。
当時のルレナバケは物価が安く、ベニ川のいくつかの支流が合流する地点にあることから行商の拠点であった。行商人はリベラルタからルレナバケやラパス方面に向かい、そこで仕入れた品物をベニ川沿いのゴム林で売りさばき、それと引き換えにゴムを集荷してリベラルタに運んだ。それを行う人々は、ゴム景気で世界中から集まった若者たちであった。そのなかにはもちろん、日本人の姿もあった。
「ルレナバケ日本ボリビア協会」は小野壽が発起人となり、1987年6月25日に設立された。その目的は、日系人の親睦と相互扶助、ならびにかつてこの地に日本人が住んでいたことを後世に伝えるための日本文化の普及であった。また会の設立による地域社会の統合も目指されていた。
現在の協会ではルレナバケ、サンタロサ、サンブエナベントゥーラ、レイエスの4つの町の日系人を会員の対象としている。しかしながら、会の活動は皆無に等しい。ただ年に1度開かれる役員選挙を兼ねた親睦集会に会員が集まるのみである。
1999年の調査で、協会の会員のうち、日本で就労している者は54名。出稼ぎ者は日本での生活経験を通して、日本の文化や習慣を知った。それは彼らに良い刺激を与え、日系人意識を高めた。以前に比べてまじめに仕事に取り組むようになったなど、日本的なものを身につけて帰ってきたと評価されており、出稼ぎ者は2世、3世を日本人にした、と協会会長は指摘している。中には玄関に入るときに靴を脱ぐなど、日本的な生活習慣まで取り入れている家庭もあるという。
しかし、出稼ぎによる結果は、良い面だけではなかった。実はボリビアに住む家族に仕送りをした者は、全出稼ぎ者の内の半数にも満たなかった。残りの者は日本へ渡ったまま家族との連絡を絶ってしまったり、妻や夫がいながら他の者と結婚してしまったりしたという。そのために家庭崩壊を招いた例も多い。出稼ぎ以前は貧しいながらも家族で助け合って生活していたが、出稼ぎによって家族がバラバラになってしまったのである。一方、家族に仕送りを続けたにもかかわらず、家族がそれを全て遊びに使ってしまい、出稼ぎから帰ってきたら何も残っていなかったという例もある。また日本滞在中に稼いだ金を使い果たして借金を抱えて帰国した者、出稼ぎ中に習慣の違いなどで問題を起こし、日本から追放されてしまった者もいた。さらに日本へ出稼ぎに行くことを考えた非日系人の結婚詐欺もあった。出稼ぎによってもたらされた結果は二面性があったのである。
いずれにせよ、出稼ぎが日系社会に与えた影響は大きかった。現在、ルレナバケ地域には日本へ行くことを夢見て、日本語を学びたいという日系人とボリビア人が数多くいる。しかし残念ながら、この地域に日本語を学ぶ場はない。日本語を理解する者はほとんどいないのが現状である。このため協会では言語習得ばかりではなく、日本文化も学べるような日本語教室の設置を強く望んでいる。
(日本人移住100周年誌「ボリビアに生きる」参照)
◆小野壽(Hisashi Ono)会長のインタビュー◆(2001年、日本語訳:角井信行日系社会シニアボランティア)
ルレナバケ或いはサンブエナベントゥーラに土地を買い、公園を作る計画がありました。
花を植え自然公園にし、レストランを作ったり、ボリビアの音楽を流したりして、そこに旅行者をたくさん集める。その公園の真ん中に、日系人の会館を建て、日系人の会合が出来るようにしたかった。
それをやり始めたら、当時の町長が変わり、次の町長は興味がなく長引いてしまい、今は何もやっていないわけです。
私は90歳近くなるわけですから、私個人の利益のために働こうとは考えていません。この地方の農民と日系人に、いくらかでも収穫が多くなるための方法を教えたいと思っています。
例えば、マカダミアの苗をここに植えています。それを大きくして、接ぎ木にしたものをみんなに配ってあげようかと思っています。他にいろいろなものを植えています。しかし、田舎なもので早く出来ないのです。
けれども、それを私は最後までがんばりたいです。
ルレナバケ日本ボリビア協会
ASOCIACION BOLIVIANO-JAPONESA DE RURRENABAQUE
住所:San buenaventura, La Paz, Bolivia
ボリビア日系協会連合会 / Federación Nacional de Asociaciones Boliviano-Japonesas |
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