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| 第5号 2004年8月13日(金)15日はコロニアオキナワ50周年 |
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日本の県名を持つ都市(村?)が世界の中でたった1つあります。それが、ボリビア・サンタクルス県にある「オキナワ」。1953年、ボリビア在住の沖縄県出身者(戦前移住者)が、第2次世界大戦後焦土と化した沖縄を救おうとの目的で、ボリビア国内における日系移住地を計画し、米軍民政府およびボリビア政府に働きかけ、移住地を創設したのがきっかけだそうです。(『日本人移住百周年記念誌 ボリビアに生きる』参照)(戦後、アメリカが沖縄県に基地を建設するために住民を追い出したため、ボリビアに強制移住させた!?)最初の入植から100年余り経つそうですが、移住の歴史は深すぎて不勉強な私はまだまだ何も語ることはできません。
15日に「オキナワ」は50周年を迎えます。オキナワ移住地は第1〜第3までの移住地があり、さらに、サンファン移住地を含め、サンタクルス県には現在約2500人の日系人が暮らしているそうです。そして、ペルーから入ってきたペルーと近接するパンド県・ベニ県に暮らす約1万人(!)と首都ラパスに暮らす約500人を合計した約13,000人の日系人が、現在ボリビアに住んでいるそうです。なんとサンファン移住地に高知県出身者が39名いるとか。私たちと同じ日本人が、このボリビアでも色々な背景を持ち様々な生き方をしていることを知り驚きました。全然想像のつかない移住地ですが、機会を見つけて、訪問したいと考えます。
・・・・・・・・・・・・・・初めての学校訪問A・・・・・・・・・・・・・・・
今日、訪問した学校は、日本のODAの協力によりできた学校(Unidad Educativa Juan Herschel)。(とはいっても、なんら変わりありません。)これまでに3校訪問しましたが、3種3様。ここの学校は、街中にあるため、警察が周囲を見張っています(左の写真参照)。公立学校のため、初等教育のみの8年制。公立学校の制服は、裾の長いブラウスが特徴です。グループ学習が盛んなようで、8クラスとも(各学年1クラスずつ)、生徒が机を囲んでいます。驚いたことは、11時に朝食という名前のちょっとしたおやつ(例えば、バナナと牛乳:右の写真参照)が政府配給によりでます。
衝撃的だったことは、訪問した3校に共通していることですが、お菓子の氾濫。校内に文房具の売店はどこにもないのに、お菓子の売店は必ずあります。休み時間になると、子どもたちはお菓子の売店にお菓子を買いに走ります。ひどいときは、屋外にアイスクリーム売りがやってきて、金網の間から手を伸ばして、アイスクリームを買っていました。お菓子に対する指導は各先生によって異なるようですが、休み時間はOKで、問題を解いたら食べてもOKと指導している先生もいました。こっそり食べている小学生も少なくありません。保健面ではいかがなものかと疑問を感じますが、これが、ボリビア文化のようです。