第4号 2004年8月6日(金) ボリビアの独立記念日
8月6日は、ボリビアでも大切な日。独立記念日です。インカ帝国の1部だったボリビアは、1533年、フランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍に征服され、植民地となりました。1825年、スクレ将軍の率いるボリーバル軍によって、ボリビアはスペインの植民地支配から解放されました。ボリビアを解放したのは、シモン・ボリーバル(1783−1830)。彼の名前から「ボリビア」という国名が付けられています。ボリーバルは、ベネズエラ生まれのクリオーリョ。クリオーリョとは、植民地生まれのスペイン人のことです。そのため、インディヘナが独立を達成したわけではないので、現在でも貧富の差が大きいとも言われています。

・・・・・・・・・・・・・・初めての学校訪問@・・・・・・・・・・・・・・・

一昨日、初めて学校訪問をしました。ボリビアにも、日本と同様、公立と私立があります。義務教育は、初等教育(日本では小学校にあたる)の8年間。中等教育(中・高等学校)は4年間で、多くの私立の学校は12年の一貫校です。

訪問した学校(Colegio Lurdes)では、どこの教室にいっても、黒板の上に、国旗と並んでシモン・ボリーバル(建国者)とスクレ将軍の絵が飾られています(写真参照)。行事のときは、国歌と共に、2人を称える歌が歌われます。音楽の教員によるアコーディオン伴奏により、全員が元気に歌います。

ここの学校は、普通の私立校。1番驚いたことは、学年によって休み時間の時間帯が違うこと。1年生が勉強しているときに、2年生は休み時間という感じで、騒々しいことこの上なく、許せなく感じたことでした。1クラスは50名程度。学年があがると少しずつ人数が少なくなっているような印象を受けました。一斉授業がほとんどで、クラスの形式も日本と同じように、初等教育では担任が全てを教え、中等教育では各教科の先生が教えていました。生徒のノートを見せてもらうと、生徒も先生の指導もなかなか熱心だということがわかりました。

 

時間割は2コマ続きの8コマ(右参照)。教科は日本とほぼ同じ。体育も音楽もあります。宗教の授業があるのが特徴的です。

どこの学校でも、お昼ご飯を挟まずに学校は終了します。2部制の学校でも、午前か午後のどちらかに授業があり、昼食を挟むことはありません。教員の勤務時間も同様で、ここの学校だと13時45分には生徒も教員も帰宅するらしく、信じられなく(羨ましく!?)感じたことでした。

最上級生(高校3年生)の時間割

長所だと思ったことは、12年にわたる生徒が一緒に生活していること。その日は、独立記念日の関係で、授業後、各クラスの生徒たちが民族衣装を着てダンスを披露してくれました。そこでは、生徒代表が司会を務め、後輩たちをリードしながら、催しが進められていました。

伝統的な踊り
日本人は珍しいのか、芸能人になったかのように子どもたちが群がり、質問攻め、サイン攻めにあいました。

《つづく》

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