第32号 2005年4月1日(金)

いつのまにか、4月。協力隊は、年に3回派遣されていますが、また、先輩隊員たちが帰国する時期となりました。高校の進級と一緒のような気持ちです。1年生だと思っていたのに、いつの間にか、2年生、3年生になり卒業式。そんな感じです。どんどん後輩隊員がやってきます。

初めての田園生活L〜来なかった先輩〜

ある先輩隊員に、帰国する前に私の暮らす町サンイシドロを訪問すると言われました。こんな何もない(!?)田舎に来てくれる人は誰もいないため、内心大喜び。同期の友人もビックリ。『地球の歩き方ペルー編ボリビア』に割かれている記事は一切なく、英語版地球の歩き方『Lonely Planet Bolivia』にも一切触れられておらず、地図にさえ出てこないような場所。とはいえ、私にとっては、友人や家族との絆と愛あふれる良き場所なのですが。

昨年度は、4名(同期の隊員)+3名(別の先輩隊員の友人)がちょっと立ち寄ってくれました。同期の隊員たちは、帰国した隣市の先輩隊員の活動を見たくて訪問。今年は、今のところ1名が立ち寄ってくれています。とはいっても、看護士である友人は、サンイシドロからずっと奥のシベリアという村の診療所を訪問。その途中にたまたまあるサンイシドロで途中下車。「それでもかなり嬉しい」というのが正直なところ。実は、誰もサンイシドロへ遊びに来てくれたわけではないのです。そのため、隣市へ後輩隊員桃ちゃんがやって来たときの喜びは、本当に大きなものでした。
先輩隊員が訪ねて来るはずだったその日は、前日から準備。校長には「先輩が来るから学校を案内したい」と話をし、(折り紙同好会メンバーの)仲良しのちびっ子には「孔雀の折れるお友達が来るから連れて行くね」と話をしました。そして、大掃除。ベランダも階段もピカピカ。当日は、布団とマットを干し、入手したばかりの炊飯器(帰国する先輩隊員からの頂き物!)でご飯を炊きました。午後は英語の授業があったので、置手紙をし、学校へ。帰宅しても、まだ到着していない様子。ちなみに、サンタクルス(ボリビア第2の都市)から我が村サンイシドロを通過する長距離バスは、午後6時、9時、午前0時頃にサンイシドロに到着します。6時にバスの発着場へ行っても誰もおらず。思い切って電話をしたけれど、通じず。別の友人に電話をすると、「そんな田舎へ行くわけないよ!」と笑われる始末。「来るって言ったのは、冗談だったのかも・・・」と、シュンとなりました。

午後8時半。「電話だよ!」と電話屋さんの子どもがやって来ました。5分後にもう一度電話をかけてもらう仕組みの呼び出し電話しかないこの村。先輩隊員は「電話が通じなかったからいないと思った」とのこと。電話屋さんは、本当に大人気で、いつも人が入れ替わり立ち替わり電話をかけたり、かかってくるのを待っていたり。曇ると電話はつながらない。通じないことは日常茶飯事。「後の祭り」とはこのことだ。次のバスは翌日の13時しかない。もう無理・・・。電話がうらめしくなる。けれど、この村では、もうどうしようもない。
翌日、学校がいつもより輝いて見えたことでした。私の子どもたち、農場や牧場を見てもらいたかった・・・。
ここサンイシドロへ、初めての訪問客はいつやって来ることやら。

私の野望B:国際交流をする!

日本の小学生と交流をしている学校を発見しました。ボリビアの小学生たちは、日本の子どもたちとの交流をとっても楽しんでいる様子。自分の活動計画に入っている「国際交流」ですが、どうしようこうしようと悩んでいるうちにはや4月。

1番近くの郵便局がバスで6時間の場所にあるサンイシドロでは、ポストもなく、郵便物も届きません。時々、長距離バスの発着場に荷物(商品)が届く程度。そのため、サンイシドロの子どもたちは、手紙を書いたことももらったこともありません。そんな子どもたちに手紙を書く喜び、もらう喜びを知ってもらいたいなあと思います。(個人的には)できたら、高知の学校と交流したいなあと思っています。


トップページへ戻る
ボリビアに生きる・暮らす人々のページへ
「ボリビアから朝のリレー」INDEXへ