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◆ボリビアの概要(文化)◆
近年、オリエンテのサンタクルスなど目覚しい発展を遂げ、人口の増加もみられるようになったが、依然としてボリビアの全人口の約40%はアルティプラーノに集中している。
アルティプラーノは、先スペイン期の、特にインカの伝統を踏まえていると思えるような伝統が、色濃く残された地域である。またスペイン人によってもたらされた文化と、それ以前の文化が融合して生み出された文化も数多く受け継がれており、それらは人々の衣装や信仰、音楽などの中に色濃く残されている。
【衣装】
ボリビアの衣装で独特なものとして、ラパスなどの都市でみかける「チョリータ」と呼ばれる女性たちが身に着けている衣装がある。このチョリータとは、「チョーロ」というスペイン語の女性形の愛称形であるが、この言葉そのものは、都市に出てきてスペイン語を話し、商業活動などの第三次産業に従事している先住民の人々を指している。
チョリータたちは、三つ編みにした頭のうえに山高帽をかぶり、何枚ものペチコートをボリュームたっぷりに重ねた上にスカートをはいている。また、上着としてはカーディガンの上に色とりどりのショールを羽織っている。この服装は、植民地時代のスペイン人たちが身につけていた衣装のスタイルを取り入れたものといわれている。ただし、彼女たちがかぶっている山高帽に関しては、20世紀初頭にボリビアに来たイギリス人の鉄道付設技師がかぶっていた帽子を真似たものといわれている。一方、都会に出てきている先住民の男性、つまりチョーロたちの衣装にはチョリータのような特徴はあまり認められず、多くの場合シャツの上に上着を着てズボンをはくといった、どこの町でも見かけられるごく一般的な服装をしている。
これに対して、地方で農牧業などに従事している先住民たちの衣装は、現代風の衣装に移行してきているとはいうものの、中には古くからの伝統が伺えるものもある。たとえば男性の場合は、昔からの毛織りのポンチョの下にウンクという毛織りのシャツを着、毛織りのズボンを帯で留めるという服装をしている。彼らはつばのあるフェルト製の帽子をかぶることもあるが、その下には男性が編む帽子をかぶっている。また女性の場合も、貫頭衣の一種である、毛織りのワンピースを着用したりしているのである。
【民間信仰】
1492年のグラナダ陥落をもってイベリア半島での「レコンキスタ(国土回復運動)」を終了させたスペイン人たちは、その異様に高まった宗教的情熱を、新たに「キリスト教の神の教えを広めるために発見された新大陸」に向けるようになった。新しい土地にやって来た宣教師たちが、先住民たちを改宗させるために精力的に布教活動を行なった結果、現在でも中南米諸国ではカトリック教徒の数が非常に多い。
アンデス地方でも、インカ帝国征服直後から活発な布教活動が行なわれ、キリスト教は先住民の人々の間に浸透していった。しかし先住民たちは、自分たちが持つ信仰を完全に捨て去ってしまったわけではなかった。彼らは、新しい宗教であるキリスト教と様々な形で融合させていくことで、古くからの信仰を持ち続けてきたのである。そうした信仰の中には、農耕儀礼やリャマなどの家畜の繁殖儀礼など、非常に伝統色が強く残されたものもある。
伝統的な儀礼では、「イリャ」と呼ばれる石製のお守りや貝殻、乾燥させた植物、種、小型の土器や香炉など、さまざまな呪術用具が用いられる。また大地や山の精霊にたいする儀礼の際には、そうした呪術用具の他に、乾燥したリャマの胎児が捧げ者のひとつとして使われ、金箔や銀箔、またいろいろな色の毛糸で飾りつけてから、地中に埋めたり火にくべたりされる。これは、胎児の生命が継続していることの証拠であり、豊饒をもたらすものと考えられているからである。
なお、こうした呪術用具の他に、儀礼が執り行われる際に欠かすことのできないものに、コカの葉および「チチャ」と呼ばれる酒があり、儀礼において重要な役割を果たしている。

コカ・
コカは、ペルーやボリビアのアンデス地方を原産地とする植物で、アンデスにおいては、2000年以上も前から利用されていたと考えられている。インカ時代には、「インカの聖なる植物」として、儀礼をはじめ、社会、経済などあらゆる面で重要な役割を果たしていた。こうした伝統は現在でも受け継がれており、アンデス高地の農耕民の間では、家畜の繁殖儀礼や農作物の播種・収穫時の儀礼などさまざまな儀礼において、「神あるいは精霊の食べ物」として、欠かすことのできない最も重要なものとして扱われている。また、コカの葉を使って未来を占ったりする「コカの葉占い」なども行なわれている。
一般にアンデスでのコカ利用にはお、数枚のコカの葉を、頬と歯茎の間に入れて唾液で湿らせ、葉に含まれている成分を吸収するという方法が用いられている。こうしてコカの葉を「噛んで」いると空腹も疲れも消え、活力が戻ってくるようになるということから、農作業や長旅などの際にも利用されている。このため、アンデスの人々はコカの葉をいつでも取り出して噛めるようにと、コカ袋や包み布にコカの葉を入れて携帯しているのである。なお、こうしたコカの効用に目をつけたスペイン人たちは、先住民の人々にコカの葉を与えながらポトシの銀山での過酷な労働に従事させ、富を得ていた。現在では、麻薬であるコカインの原料になるということから、全世界的にその栽培の撲滅が提唱されているが、先住民の文化にとっては、欠かすことのできない重要で有用な植物である。

チチャ酒・
「チチャ」とは、アンデスで飲まれている酒のことで、一般にはトウモロコシからつくられた酒のことを指すことが多い。しかし、その原料はトウモロコシに限ったわけではなく、キヌアやピーナッツなどを原料にしたチチャもつくられている。
チチャもコカの葉と同様に先スペイン期から日常的に利用されており、祝祭や儀礼などの際には、欠かすことのできないものであった。現在でもその重要性は受け継がれており、豊饒や農耕儀礼では、儀礼が執り行われる前などに、大地の神パチャママに捧げるために数滴チチャを垂らしたり、祭りでは、必ずチチャが振舞われたりしている。

・アラシータ・
アンデスの農村で行なわれている農耕儀礼などは、比較的古くからの伝統が継承された形で行なわれているといえる。一方、起源は古い時代に求めることはできるが、時代による様々な変遷を経て、新しい姿を持つようになった信仰もある。その代表的なものとして、毎年1月24日を中心にラパスで行なわれる「アラシータ」がある。
「アラシータ」とは、アイマラ語で「私から買ってください」という意味である。この祭りでは、「エケコ」と呼ばれる人形が主役となり、また、ラパス市内の一角の広場に設けられた露店では、現在のボリビアで手に入れることのできるものはほとんど全てと思われるほど様々なミニチュアが売られている。小麦粉・塩・砂糖などの袋や食料品の缶詰、石鹸や歯磨き・トイレットペーパーにかぜ薬、自動車に家、そしてボリビアの紙幣からドル紙幣、果てはユーロ紙幣まである。
アラシータのクライマックスは1月24日で、人々はこれらのミニチュア製品の中から自分の欲しいと思うものをエケコ人形に担がせてカテドラル(大聖堂)に持っていき、その希望が叶うように願う。また実際に希望が叶い、手に入れることのできたもののミニチュアを担がせて感謝を捧げることもある。なお現在では、1月24日が過ぎたあとも1週間ほどアラシータ会場には数多くの露店が並び賑わいが続いている。
アラシータの起源については、元がどのようなものであったかは現在のところあまりわかっていない。しかし、先スペイン期にはその原形があったと考えられ、12月21日の夏至(ボリビアは南半球に位置するため日本とは逆)に行なわれていた、豊饒を祈るための儀式などにその起源を求めることができるとされている。その後スペイン植民地時代には、カトリック教会により先スペイン期の信仰などが否定・禁止されたこともあり、アラシータの元となる信仰も一時中断したが、今度はカトリックと結びついた形で登場し、現在ではラパスの住民の民間信仰として定着している。なお、アラシータは、ラパスを中心とした祭りであったが、最近では他の地域にも拡がりをみせている。

・エケコ人形・
アラシータの主役・エケコとは、人の形をした一種のお守りのようなもので、繁栄や幸運をもたらすと考えられている。石膏で作られたものが多く、ときに金属製のエケコもみられる。15〜30cmぐらいの大きさのものが一般的で、その小さな体に幾つものミニチュア製品がつけられている。
エケコの起源も先スペイン期に求めることができ、古代のエケコは背中が曲がり、手足も短い姿をしているが、現在のエケコは、白い肌に口ひげをはやしたスペイン系の顔立ちをしており、すっかり現代風になっている。
なお、ラパス以外の地域で行なわれているアラシータでは、必ずしもエケコが登場するわけではないようである。
【ボリビアの音楽と祭り】
ボリビアの音楽といえば、まず挙げられるのは「フォルクローレ」であろう。
フォルクローレとは、そもそも「民族学」あるいは「民間伝承」を意味する言葉であるが、日本では特にアンデス地方の音楽をさす言葉として使われている。
フォルクローレ音楽というと、インカ時代より伝わる伝統的な音楽と捉える傾向がある。しかし、現在耳にするフォルクローレの多くは、先住民の音楽にスペイン人がもたらした音楽が影響を与えることで生み出されたものであり、その新しい影響は楽器だけでなくリズムにも及んでいる。
楽器についていうならば、ケーナやサンポーニャ(シークともいう)などの管楽器には、その起源を先スペイン期に求めることができるものが多いが、ギターやチャランゴなどの弦楽器は明らかにスペイン人によってもたらされたものである。
なお、先住民とスペイン人のそれぞれの音楽の影響のうえに、さらに奴隷としてアフリカから連れてこられた人々がもたらした音楽の影響をも受けて生み出された音楽があったり、オリエンテでは、アマゾン地方に住む先住民の影響が強い音楽が残っていたりと、ボリビアの音楽は非常にバラエティーに富んでいる。
また、こうしたバリエーションに富んだ音楽は各地で催される祭りには欠かすことのできないものとなっている。
住民の多くがカトリック教徒であるボリビアでは、カトリックの暦にあわせて数多くの祭りが催される。クリスマスや主御公現の祝日(1月6日)、聖週間(セマナ・サンタ)といった主要な祭りの他、それぞれの聖人の祝日などにも祭りが催される。こうした一年を通じて各地で行なわれる大小様々な祭りのなかで代表的なものとして、キリスト教の四旬節の前の週に行なわれる《オルーロのカーニバル》、5月下旬から6月にかけて行なわれる《ラパスのグラン・ポデール》、さらに8月の《コチャバンバのウルクピーニャ》などがある。また「オルーロのカーニバル」、「ラパスのグラン・ポデール」といった大きな祭りでは、「ディアブロ(悪魔)の踊り」あるいは「モレーノの踊り」といった、独特の衣装や仮面を着けた踊りが披露される他、ボリビア各地から多くの人がそれぞれの地域や村に特有の衣装を着けて参加したりしている。
(「たばこと塩の博物館」資料より)
ボリビア国の概況(地理・歴史)
写真:美しきボリビア-アンデスからアマゾンへ-
【イリマリ山、チチカカ湖、インカ道、コチャバンバ、動植物、ポトシ、スクレ、各地舞踊等】(”ボリビアに生きる”より)

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