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コロニア・オキナワ |
| 入植50周年記念祭典 |
記念祭典行事日程
| 月日 | 予定時間 | 行 事 内 容 | 場 所 |
| 7月4日 | (8:00) | 入植50周年記念 コロニア・オキナワ縦貫駅伝大会 (第12回コロニア・オキナワ縦貫駅伝大会) |
第1〜第2〜第3 縦貫道路 |
| 7月25日 | (8:00) | コロニアオキナワ入植50周年記念 大運動会 (第27回コロニア・オキナワ大運動会) |
第1:オキナワ総合スポーツ公園 |
| 8月6日 | (8:00) | 入植50周年記念 少年野球大会-1 |
第2:ヌエバエスペランサ小中学校グランド |
| 8月7日 | (8:00) | 入植50周年記念 少年野球大会-2 |
第2:ヌエバエスペランサ小中学校グランド |
| 8月8日 | (9:30) | 入植50周年記念 少年野球大会-3 決勝戦 |
第1:オキナワ総合スポーツ公園 |
| 8月12日 | (12:00) | 入植50周年記念 ゴルフ大会-1 |
MAPAISO ゴルフ場 |
| 8月13日 | (12:00) | 入植50周年記念 ゴルフ大会-2 |
CASA DE CAMPO ゴルフ場 |
| 8月14日 | (14:00) | 入植50周年記念植樹 |
オキナワ日ボ協会 敷地内 |
| (14:30) | オキナワ・ボリビア歴史資料館 落成式 | オキナワ日ボ協会 敷地内 | |
| (15:30) | 「コロニア・オキナワの父」ビクトル・パス・エステンソーロ銅像 除幕式 | 第1地域中央公園 | |
| (16:00) | 入植50周年記念パレード | 第1地域 8月15日通り | |
| (17:00) | 前夜祭(琉球国祭り太鼓・ボリビア民族舞踊等) | 第1地域 公民館前 | |
| 8月15日 | (9:00) | 「コロニア・オキナワ慰霊塔」 除幕式 | オキナワ日ボ協会 敷地内 |
| (9:15) | 入植50周年記念 慰霊祭 | オキナワ日ボ協会 敷地内 | |
| (10:00) | 入植50周年記念式典 | オキナワ日ボ 文化会館 | |
| (12:00) | 昼食会 | 第1地域 体育館 | |
| (15:00)(18:00) | 入植50周年記念 祝賀会 | オキナワ日ボ 文化会館 | |
| 8月16日 | (8:00) | 入植50周年記念 ゲートボール大会 | 第1:オキナワ総合スポーツ公園 |
| (19:00) | ゲートボール大会 慰労会 | オキナワ日ボ 文化会館 | |
| 9月18日 | (8:00) | 入植50周年記念 沖縄角力大会 | 第1地域 体育館 |
| 12月末日 | 入植50周年記念誌 刊行(記念パーティ) | オキナワ日ボ 文化会館 |
コロニア・オキナワ(オキナワ移住地)の建設を最初に計画したのは、ボリビア共和国北部のベニ県リベラルタ市に在住していた沖縄県出身戦前移住者であった。1948年11月、彼らは第二次世界大戦で廃墟と化した沖縄を救援する目的で、「リベラルタ市沖縄戦災救援会」を結成し、義援金の募金を始めた。この活動の中から沖縄の人々を集団的に呼び寄せるという構想が生まれた。
一方アメリカ軍統治下にあった沖縄でも海外移住計画が検討されており、ボリビアが移住先に決定した。
1954年8月15日に琉球政府第1次計画移民275名が、その1ヶ月後には第2次移民125名がうるま移住地に入植した。しかし間もなく熱病が発生して15名もの死亡者が出たため、翌年8月にパロメティア移住地へ移転した。ここでも土地の獲得が困難であることなど問題が多く、1956年7月から10月にかけて現在のコロニア・オキナワ第一移住地に再移転した。ようやく定住の地を見出したことで沖縄から次々と後続移住者が到着するようになり、1957年9月に第二移住地の建設が、さらに1959年11月に第三移住地の建設がはじまった。
琉球政府計画移民は、1954年の第1次から1964年の第19次まで続き、合計584家族、3,385名が移住した。その一方で度重なる天災により、移住地での農業に見切りをつけてサンタクルス市やブラジル、アルゼンチンに転住する者も多かった。1980年代には日本への出稼ぎブームがはじまり、移住地の人口がさらに減少した。しかし1990年代に大型機械化による大規模農業が定着して経済が飛躍的に成長すると、著しい人口移動は見られなくなった。
第1次移民の到着から50年を迎えつつある今日、移住地に居住する日本人移住者およびその子孫は約230世帯、870名前後で推移している。多く困難を克服して開拓したコロニア・オキナワが、現在ではボリビア共和国内の模範的な農村として称えられている。国内各地から移り住み定着したボリビア人の数は約1万2千人と報告されており、こうした状況から、1998年にボリビア政府はコロニア・オキナワを行政区として制定し、第一移住地内にオキナワ村役場を設置した。
移住地日系社会の自治組織であるオキナワ日本ボリビア協会は、原生林から今日のコロニア・オキナワを築き上げた半世紀の歴史を広く内外にアピールし、これをコロニア・オキナワのさらなる発展に活かすことを目的として「コロニア・オキナワ入植50周年記念祭典実行委員会」を組織し、記念祭典を開催する。
2003年 7月 12日 コロニア・オキナワ入植50周年記念祭典実行委員会
-「コロニア・オキナワ入植50周年記念祭典実行委員会」「オキナワ日本ボリビア協会」-
パンフレットより
