コロニア・オキナワ 


                                              2003年 2

未来をになう子どもたち

 

 

 

 

 


                        発行者 堤 千代子

「日本文化・日本人の心」の継承

日本語の教育は

 

 

 

 

 

 


 (なん)のために日本語(にほんご)学習(がくしゅう)するのか。日系(にっけい)三世(さんせい)ブラジル人(ぶらじるじん)意見(いけん)紹介(しょうかい)します。

もし私たち(わたしたち)両親(りょうしん)からの日本人的(にっぽんじんてき)指導(しどう)がなかったら、一般(いっぱん)ブラジル人的(ぶらじるじんてき)なものの考え方(かんがえがた)人間(にんげん)になっていたのではないかと思います(おもいます)(わたし)両親(りょうしん)日系(にっけい)二世(にせい)ではありますが、その(おや)たちから日本(にほん)文化(ぶんか)影響(えいきょう)をずいぶん受けて(ぶんうけて)いると思います(おもいます)完全(かんぜん)日本人(にほんじん)ではもちろんありませんが、礼節(れいせつ)正直(しょうじき)誠実(せいじつ)とかいったような日本人(にほんじん)よい面(よいめん)ブラジル人的(ぶらじるじんてき)長所(ちょうしょ)とともに併用(へいよう)しているでしょう。でも日本人(にほんじん)のいわゆる短所(たんしょ)はあまり受け継がれて(うけつがれて)はいないと思います(おもいます)。ですから私たち(わたしたち)対する(たいする)教育(きょういく)(めん)にでもよい意味(いみ)での日本人的(にっぽんじんてき)影響(えいきょう)を与えています。

私たち(わたしたち)日系(にっけい)三世(さんせい)生まれて(うまれて)きたということは非常(ひじょう)幸運(こううん)だったと思います(おもいます)。なぜならばそれが優秀(ゆうしゅう)教育(きょういく)結びついて(むすびついて)いるし、優れた(すぐれた)日本人(にほんじん)文化(ぶんか)遺産(いさん)(おや)たちから受け継ぐ(うけつぐ)ことができたからです。ですから(わたし)日系人(にっけいじん)であるということには大きな(おおきな)誇り(ほこり)持って(もって)います。

ブラジル(ぶらじる)渡って(わたって)きた初期(しょき)移民(いみん)(ひと)たちはあらゆる(めん)でずいぶん苦労(くろう)したことと思います(おもいます)。(中略(ちゅうりゃく)当時(とうじ)移住(いじゅう)してきた(ひと)たちは卓越した(たくえつした)闘志(とうし)勇気(ゆうき)持ち主(もちぬし)だったのでしょう。ですからその人(そのひと)たちには尊敬(そんけい)(ねん)抱いて(だいて)いますし、一世(いっせ)のそういった(ひと)たちとの交流(こうりゅう)私たち(わたしたち)ブラジル(ぶらじる)生まれ(うまれ)三世(さんせい)には是非(ぜひ)とも必要(ひつよう)なことだと思います(おもいます)。なぜならば彼ら(かれら)現在(げんざい)にいたるまでの(あいだ)にいろいろなことを体験(たいけん)してきています。(中略(ちゅうりゃく)彼ら(かれら)人生(じんせい)歴史(れきし)などについて語り合う(かたりあう)ことに興味(きょうみ)持って(もって)います。どんな目的(もくてき)ブラジル(ぶらじる)来た(きた)か、最初(さいしょ)はどんなことをしたか、過去(かこ)振り返って(ふりかえって)どう思う(おもう)か、現在(げんざい)心境(しんきょう)は、などを知る(しる)ことはとても意義(いぎ)のあることだと思います(おもいます)。しかし私たち(わたしたち)祖父母(そふぼ)たちとの(あいだ)日常(にちじょう)会話(かいわ)内容(ないよう)はごく限られた(かぎられた)範囲内(はんいない)のものになっています。それは私たち(わたしたち)日本語(にほんご)対する(たいする)理解力(りかいりょく)不足(ふそく)していることと、祖父母(そふぼ)たちもあまりブラジル語(ぶらじるご)理解(りかい)できないからです。その(うえ)生活(せいかつ)様式(ようしき)違います(ちがいます)私たち(わたしたち)祖父母(そふぼ)たちの持って(もって)いる日本(にほん)文化(ぶんか)とは異なる(ことなる)現実(げんじつ)ブラジル(ぶらじる)文化(ぶんか)溶け込みやすい(とけこみやすい)条件(じょうけん)(なか)生活(せいかつ)しているわけです。(中略(ちゅうりゃく)

礼節(れいせつ)始まり(はじまり)道徳(どうとく)などは日本(にほん)文化(ぶんか)よい面(よいめん)です。そういったものは原則(げんそく)として私たち(わたしたち)子孫(しそん)たちにも受け継がせて(うけつがせて)いくべきでしょう。 (ブラジル移住家族3代の意識調査 小林恵寿編)

このせまい紙面(しめん)にたくさん紹介(しょうかい)できないのが残念(ざんねん)ですが、この三世(さんせい)意見(いけん)からも感じ取って(かんじとって)もらえるでしょうか。日本語(にほんご)学ぶ(まなぶ)ことはそのまんま「日本(にほん)文化(ぶんか)」や「日本(にほん)(こころ)」を受け継いで(うけついで)いくことです。日本語(にほんご)理解(りかい)しない世代(せだい)は、日本(にほん)との交流(こうりゅう)日本人(にほんじん)との交流(こうりゅう)絶って(たって)しまうことにつながります。「ボリビア(ぼりびあ)暮らす(くらす)のだから日本語(にほんご)はいらない」という意見(いけん)時々(ときどき)聞く(きく)のですが、本当(ほんとう)にそれでいいのかなぁ。

一度(いちど)途絶えて(とだえて)しまうと復活(ふっかつ)はほんとうに大変(たいへん)です。

 

 



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