ボリビアのニュース
スクレ首都移転問題で
交渉悪化
(EL DEBER 8月22日)
憲法改正議会があるスクレ市では、行政、立法、司法三権すべてをスクレ市に移転させ、(司法権はすでにあるが)事実上ボリビアの首都にするため、今の憲法改正で審議・決定の要求Capitalia Plena)を始めてからは、毎日の如く、市内各地で要求行動が行われている。しかし、MAS党政権からの圧力で、この件は憲法改正議会では審議しないとなったため、また、ラパス県の先住民たちの猛反対もあり、スクレ市での要求は日に日に強くなってきている。
MAS政権は、憲法改正議会をスクレ市で継続させたいが、Capitalia Plenaに関する件と、議会決議での3分の2に関する件を無視した方向であり、政府側から正確な方針などは一切発表されておらず、ただ、MAS党員の農民や先住民たちを上手に利用し、スクレ市に10万人も送り出して、何とか解決の方法を模索している状態である。
しかし、憲法改正議員からは、スクレ市内では議会での審議ができず、一時的にオルロ市かコチャバンバ市、あるいはサンタクスル市に場所を移して改正の審議を継続させる意見も出ているが、この件も無視した状況である。
この状態が続けば2003年10月に起こったOctubre Negro(暗黒の10月)ごとき不幸が、実現する要素があるとも予想される。
9月1日、スクレ市は、インディヘナ、市民、MAS党農民、学生と武装した軍部が激しく衝突し、あちらこちらでタイヤの燃える黒い煙が立ち上り、戦場と化した。幸い死者は出なかったが、塩弾発砲による負傷者は40人、催涙弾による負傷者は70人以上になり、カトリック教会の介入でも解決できなかった。
モラレス大統領は、スクレ市民が要求している話し合い(Dialogo)には応じる態度は見せず、旅行者の安全を守るためと説明して公正化し、インディヘナやMAS党農民を動かしているが、現場では彼らとの衝突が激しくなるばかりである。
9月11日、MORI社の調査結果によれば、「憲法改正議会にてCapitalia Plenaを審議すべきか?」に対しての国民の意向は、「審議すべき」が60%、「審議すべきでない」が32%、「分からない」が8%となり、また、「憲法改正議会は12月までには新しい憲法が作成できるか?」に対しての国民の予測は、「できない」が48%、「できる」が34%、「分からない」が18%という結果であった。
6県でパーロ・シビコ
(EL DEBER 8月28日)
Asamblea de la Crucenidadでは、8月23日の夜、MAS党政権が憲法改正議会や国会で自分たちの意見を強制させる態度で接することに対する反発と、民主主義を防御する意味から、8月28日(火曜日)にパーロ・シビコ(ゼネラルストライキ)の実行を決定した。
同じくベニ、パンド、タリハ、コチャバンバ、チュキサカの各県も同日の実行が決定し、ボリビア全国で同時に6県がパーロ・シビコに突入することとなった。
8月26日、パーロ・シビコが実行される前から教員団体の72時間スト、司法関係当局では立憲法廷にまでMAS党政権の圧力が加えられていることから、8月23日からの業務停止、医療関係では8月29日からストと、主要業務関連団体がストに突入し、6県のパーロ・シビコの影響に輪をかける形になっている。
政府当局は、パーロ・シビコは、一部の指導者による政治的行動であると見ており、市民代表団体からの意見と主張には特に問題重視しておらず、成るがままの姿勢であったが、8月27日、政府は憲法改正議会でのCapitalia Plenaを別件と主張するため、インディヘナや高地からの農民をスクレ市内に送り出し、市内を包囲させ抵抗する構えを取った。
8月28日、6県はパーロ・シビコを実施したが、一部でブロケオがあったぐらいで、大事には至らなく、平穏な抵抗であった。これを政府はパーロ・シビコは失敗に終わったとの評価を下した。
ラパスでは、マリンコビッチ市民委員長に抵抗するため、マリンコビッチ氏の家族が搾油して販売している「Aceite Rico」を市場から没収し、以後、このマークの食用油は購入しない、と子どもじみた取り決めを発表している。純粋なるカンバのペルシ・フェルナンデス市長は、サンタクルス、ベニ、パンド、タリハ、スクレ、コチャバンバ6県で、この際、Nacion Oriental(東側国家)を創設させて、ラパス、オルロ、ポトシ3県はNacion Occidental(西側国家)として分離した方が良いのでは、という提案をしている。
8月31日、スクレ市で6県からの市民委員会は、「民主政体会」(Junta Democratico)なる議会を創設した。MAS政権が我々ボリビア国民の将来と、開発、投資、雇用対策の改善、と説明しつつも、ボリビア国民全員の意見を聞かず、MAS党員の自分たちだけの考え方で物事を決め、押し付ける政治は民主主義ではない、として議会創設の意義を発表している。
政府と憲法改正議会には、スクレ市で継続して憲法改正議会を再開し、8月15日に不法的に決議されたCapitalidadの審議の件は白紙に戻し審議継続すること、MAS党議員だけでの決議は受け入れない。国内6県で「民主政体」を創設し、各県の県知事の参加も得ての初会合をコビハ市で9月3日に実施し、今後の活動計画を検討する、などが決議された。今後は6県の市民委員会や県庁に代わって、この民主政体会がMAS党政権に対して意見することになろう。
同じく8月31日、スクレ市内でのMAS政権からの指示でCapitalia Plenaを要求する側との間で抵抗させるインディヘナやMAS党農民グループ(合計約10万人)の行動の活発化、さらに軍部も派遣し武力でネジ抑えようとすることから、今後の紛争と衝突には責任を持てないとして、チュキサカ県のダビド・サンチェス(県知事が辞任した。同県知事はMAS党員であり、党政権の態度に失望した形となった。
モラレス大統領は、県知事の辞任は認められない、として、正式に受理していない状況だ。
カルロス・メサ元大統領時代に交付された法令では、県知事は投票で決定されるが、その県知事が辞任すればその後任の県知事は大統領が任命することになっている。スクレ市民はこの法律を無視し、もし正式に県知事の辞任が認められれば、大統領の任命ではなく、県民の投票で後任の県知事を選出すること要求している。
9月2日、コチャバンバ県のマンフレ・ビリャ県知事は、モラレス大統領に対し、憲法改正議会の事実上の失敗とスクレ市での問題解決すらできない状況から、「無能なお人だ」と評価した上で、「大統領職を辞めなさい」と、提案を直接公表したが、政府側は陰謀者だとして抵抗しており、益々深い溝になっていく情勢である。
9月5日、民主政大会の会議をコビハ市で開催した。
また、9月15日、2週間前、辞表を提出したチュキサカ県のダビ・サンチェス県知事は辞表を撤回して知事職に戻った。
産出国でなぜ不足?
ガス(GLP)
(EL DEBER 8月28日)
ボリビアはガス産出国でありながら、なぜ家庭用のガス(GLP)が不足気味なのか、その実態をご存じですか?
家庭用のガス、すなわち、10キロ入りの缶で販売されているガス(GLP)は、スペイン語では正式にはGas Licuado de Petroleoと称し、略してGLPとなっている。家庭用に使用するGLPガスは、地下から産出するガス(Gas Natural)からブターノとプロパーノ・ガスだけを分離採集したのがGLPガスであり、それをガス缶に積めて販売している。
それもGLPガスはGas Naturalから6〜7%しか取れない。ボリビアでは家庭用ガスを含むガソリンやディーゼルの国内価格は、法律で10数年前から価格が凍結されているが、隣国などでは資源の相場によって、徐々に値上げをしており、ボリビア国内で取引されているガスの値段と隣国での値段には今では4倍から7倍と大きな差がでている形となっている。そうしたことから、頭が良い政治家やその時の政権にいる悪質商人らが、家庭用ガスを国内で安い価格で仕入れて隣国に持って行き販売し、莫大なる利益を得ていることから、国内での消費量に不足が生じるわけである。
しかし、ガスの不足だけではなく、ガソリンやディーゼルなどの燃料も隣国に密輸の形で流れる量は多量であり、一部の、その時の政権に顔が聞く商人がぼろ儲けをしていることである。もちろん、それなりに政権のトップクラスの人間や関係者にも配当金(賄賂)が入ることになることは常識である。
不足気味となっている訳は、そればかりの理由からではない。家庭用ガスの生産は2005年までは消費量より多く生産されていたが、2006年からは生産量より消費量の方が多くなってきている。現状の生産能力から見ると、2010年には日当たり約220トンが不足することになり、約25%が不足する結果となるわけで、ガスの入手は益々困難になる可能性は大きい。
それらを考えると。今からヒナ用の保温などにはガスの代わりに電力での温度調節などを考慮しておく必要がある。現在では、原因は明らかに公表されていないがアルゼンチンへのガス輸送量も減らしている状況となっている。原油価格も1バレル当たり、80ドル台と最高値になっており、ボリビア国内での価格も永久に凍結しても、必ずしも良い結果となることはないように思える時期に来たと判断される。
合法的コカ栽培とコカイン(EL DEBER 8月28日)
政府は、ユンガス地域とチャパレ地域での合法的なコカ栽培面積を2万ヘクタールに増やすことを決定した。コカ栽培に関する法令第1008号では、栽培面積の最高枠は1万2千ヘクタールと定められていたことから、8千ヘクタールの増反が認められたことになる。
MAS党政権になり、コカインの取引は毎日のごとく摘発される記事から判断するに、コカインとしての利用とその流通、ならびにその量は以前は多くて数10キロ単位であったが、今では400キロ、600キロ単位は通常で確実に多くなってきているようだ。MAS政権は、「我々の政策ではCoca Cero(コカの完全撲滅政策)もLibre cultivo de Coca(コカの栽培自由政策)もない。栽培されるコカの葉の一部は麻酔薬の製造の原料と、余分のコカの葉は世界でコカインとして消費する9%範囲の量を麻薬(コカイン)を作り需要に貢献する」として、開き直った態度で公表している。
驚く事実はこれだけではない。2007年度のノーベル平和賞授賞対象者の中にモラレス大統領が入っており、内外の関係団体は強く大統領の授賞を押している。先住民の先祖からの教えのとおり、盗まない、嘘をつかない、怠けない、を見事に実行し、農民や貧困者を味方する模範的人物との評価がノミネートの理由になっている。ノーベル平和賞の候補はアメリカのアル・ゴア前副大統領を含め181名の候補者がおり、10月12日に発表されることになっている。
9月3日、ラパス市でコカ生産者団体とコカ販売業者団体とが衝突する紛争が起きた。また、9月6日には、合法的コカ栽培面積の増反はコカ栽培者たちの要求を無条件で承認した形の法令であり、国内での益々のコカイン製造に関係するとして多くの関係機関からの反対意見が持ち上がった。コカインの摘発と没収量は昨年からすると今年は3倍強になっている。
…世の中と、人の考え方も時代と共に確実に変わっているようだ。
魚にトゥリキーナがいる?
(EL DEBER 9月2日)
サンタクルス市役所衛生局は、ビリャモンテスから来るボーガ・ブランカとサバロの魚には「Cisticercosis」通常トゥリキーナ(Triquina)と称する寄生虫がいると発表したが、タリハ県庁からそんな寄生虫は存在しないとの苦情を出した。
サンタクルスでは、ビリャモンテスから来た魚約500キロが無条件で没収された。Cisticercosis、トゥリキーナは通常豚肉内に寄生しており、これを食べると寄生虫が2ヶ月間で成長し人間の腸内で繁殖し始め、心臓や脳その他の臓器にも移り、心臓病疾患や神経疾患、強い頭痛と吐き気が伴い、最終的には視力低下と自律神経疾患が現われる。
この寄生虫は魚の皮と身の間に住み着き、米粒ほどの大きさで丸くなっているが、日が当たるところに置くと7〜9センチまでミミズみたいに伸びる。(*○石これは自分の体験から!)
確かにビリャモンテスの、特に体形が細長いボーガにはこのような寄生虫がいることは、サンフアンの釣りキチは20年ほど前からみんなが知っているところであり、また、何もビリャモンテスの魚だけに寄生しているのではなく、どこの河の魚にも時期よってはいる訳だ。
サンフアン移住地の人は、これらを刺身で食べてかれこれ50年になるが、騒がれているような病気にも、そのような寄生虫によっての死者も出ていないので、まず大丈夫であろう。
9月6日、診断をするLidivetでの検査結果は、ボーガ・ブランカにはTrematodeグループの寄生虫がいることを確認したが、サバロには何の寄生虫も確認されなかった。なお、この寄生虫による人体への影響は正確には分からないらしい。
…正確な根拠もなく没収された魚売りの商人は、どうなったのか?
ヤパカニ市に権利金交付
(EL DEBER 8月20日)
この度、ヤパカニ市はコスタス県知事から権利金(Regalia)の手交を得た。コスタス県知事はヤパカニ市を訪れ、交付金を手交する場で「権利金の50%相当額は生産している郡に、生産していない郡は40%相当額、残りの10%は県庁の運営費に充当される。2004年には市民委員会長でこの方針を打ち出し、今、県知事として約束したことは必ず実行する。これが、アウトノミアの姿だ」と力説した。
以前、イチロ郡は権利金として 71万4千ボリビアノスしか受け取れなかったが、現在では1千900万ボリビアノスが配布されることになっている。ヤパカニ市は今回、84万9千761ボリビアノスを受け取り、教育施設、架橋工事、舗装工事などに活用する予定とのこと。
これがボリビア方式かもしれないが、モラレス大統領も行く先々で、必ずベネズエラからの資金の小切手を集まった群衆に見せびらかして、自慢する形で演説をするが、県知事も権利金の交付にわざわざ交付地に出向き、群衆の前で小切手を手渡し、自慢するかのごとく大衆に向かって演説をする習慣になっているようだ。サンフアン市には交付されたのだろうか、また、その額などの詳細は報道されなかった。
FEGASACRUZの
会長が交代
(EL DEBER 8月25日)
Federacion de Ganaderos de Santa Cruz( サンタクルス牧畜業者連合会)は、任期満了による役員の改選を行った。
前任のジョージ・プレステル(George Prestel)会長は、財政建て直しの期間であったとして、就任当時の債務2百万ドルを、3万ドルまでに減らし努力したことを説明した。
新任会長にはギード・ナイヤル(Guido Nayar)氏が就任し、2年間会長を努めることになった。
殆どの精米所が営業停止
(EL DEBER 8月28日)
昨年のエル・ニニョ現象の影響を受けて米の収量は少なく、各精米所では精白する籾の在庫がなくなり、殆どの精米所が営業停止している状況にある。(中には値上がりを持っている精米所もあるが)
殆どの精米所は例年と比較すると30〜40%しか籾の確保ができず、白米の不足と値上がりも心配される状況にある。サンタクルス県内では主にモンテロ市郊外とヤパカニ市に個人経営の精米所が集中してあり、その数は160にものぼる。05、06農年度は16万ヘクタールが栽培され、生産も40万トンであったが、06、07農年度では12万ヘクタールの栽培となり、生産量も洪水などに起因して27万5千トンに減少している。
サンタクルス県内では、稲作農家は約2万2千戸と推定される。不足から米の値上がりも著しい。昨年度では籾ファネーガ当たり、18〜30ドルで取引されていたが、今年はファネーガ当たり、45〜55ドルにはね上がっている。種籾にも不足が生じており、種籾はファネーガ当たり65〜75ドルにもなっている。
畜産業界は牛の登録を拒否
(EL DEBER 8月31日)
政府は、法令第29252号を交付して、全国の牛を含む家畜の登録を義務付け、家畜の移動をコントロール、焼印の登録などをすることになった。
発令後30日で全国一斉の実施になったが、Confeagro(全国農牧者連合会)は、これは特に、政府はサンタクルス、ベニ、パンド各県での土地の利用状況と、社会経済的役割を果たしているかの査定基準の資料に利用するためだと、反対する形になった。
牛の値が上がり、牛泥棒も頻繁になっている現在、政府レベルで牛の登録とその後の追跡調査などが必要な時勢に、反対をするという事はterrateniente(利用していなく土地を広大に所有している者)がたくさんいる、ということかも知れない。
政府は、サンタクルスの反対にもかかわらず、全国の牛を含む家畜の登録を義務付けた。
新任のギード・ナイヤルFegasacruz会長は、「サンタクルス県には210万頭の牛が飼育されており、牛泥棒事件の60%はベニ県内、40%はサンタクルス県内で行われており、被害額は年間6百万ドルにものぼる。46年前から施行された焼印だけが、唯一証明できるものであり、その後何の改善もされていない政府の対応と、牛の移動、並びに従来からの畑でと殺した牛肉の移動などは市のコントロール下にあるが、市も何の取り締りもしないし、今回の登録などの政令も実質上異なった意味で利用されるためであり、盗難防止のためには何の意味もない」と、批判している。
ボリビアノス高、ドル安 ドル建て預金高が減少(EL DEBER 8月18日)
昨年の8月には1ドルが8.05ボリビアノスで換金できたが、1年が経過した今年8月には、1ドル=7.83ボリビアノスとボリビアノス通貨が対ドルから見て強くなっている。今までは超インフレ時代から、国内通貨がドルよりも強くなることがなかったため、多くの人がドル預金、ドル口座を所有していることが無難だと思われてきた。
しかし、この1年は毎月ボリビアノスが強くなってきており、ドル預金からボリビアノスに換金しても、目減りする一方である。経済専門家は、この目減り現象は今後とも続くと見ており、少額預金者(1千〜5千ドル)はドル建て預金の場合でもボリビアノス建て預金でも、ドル預金では中央銀行の金融政策によって、ボリビアノス預金の場合はインフレによって差損は免れないが、10万ドル以上の預金額であれば、土地など固定資産に投資して、目減りと為替差損から逃れることができる、と説明している。
モンテロ -
ヤパカニ間の鉄道(EL DEBER 8月30日)
サンタクルスからプンタリエルまでの鉄道路線の工事は、当時の有力な政治家によって、イチロ郡一帯からの材木搬出とベニからの肉牛搬出のため、最終的にはベニまでの鉄道路線計画が1969年に開始されたが、工事途中でサンフアン市管轄内のプンタリエル地点でのヤパカニ河に架ける予定の鉄橋がヤパカニ河の鉄砲水で流失し、また、ピライ河に架かる鉄橋もピライ河の流れが5キロほど東側に変わったことから、1988年以来、工事は中止され、20年間放置された状態になっている。
この間、鉄の値上がりなども起因して線路のレールが20キロに渡り盗難される事件もあり、事実上何も利用されていないままの状態で放置されている。
今回、交通事情の改善としてモンテロ-ヤパカニ間の鉄道を観光業と農畜産物搬出用に復興する計画が持ち出されている。サンタクルス県庁では復興工事費として1千万ドルを捻出する計画であるが、具体的計画は今からであり実現するには時間を要すものと思われる。
サンタクルス市で
フェリア開催
(EL DEBERから)
2007年度のフェリア・エクスポクルス9月21日から30日の10日間にわたって開催される。
今年は18ヵ国の参加があり、毎年盛大さを増している。フェリアでは特に畜産業界からの家畜の展示と、自動車を含む農業機械の展示が多い。
サンタクルス市のExpoCruzの起源は1962年に行われた畜産展示会が発祥となっており、1968年にはドイツ、アルゼンチン、ブラジル、チリ、英国、日本の6カ国が始めて参加して国際的フェリアに変わっていった。また、超ミニスタイルで話しかける美人で魅力的なコンパニオンの登場も展示会場をさらに賑やかにした。
フスティニアーノ
元農牧大臣が死去
(EL DEBER 9月20日)
9月18日夜、ブエノスアイレス市内の病院で、元国会議員、元MNR副党首、元農牧大臣のホセ・ギリェルモ・フスティニアーノ氏が肝臓疾患のため60歳の若さで死去された。
経済学専門のフスティニアーノ氏は畜産業界、東部農業会議所(CAO)の勤務から始まり、1985年にはビクトル・パス・エステンソーロ大統領からの招待で農牧大臣として入閣し、政治の道を進み、ハイメ・パス・サモーラ元大統領、ゴンサロ・サンチェス元大統領などと無党派として大きな貢献をしている。
2000年には初めてMNR党に入り、副党首となった。2回目のゴニ政権では大統領府大臣として活躍したが、行動がまじめで何の疑惑もなかったフスティニアーノ氏には責任追及(Juicio de Responsabilidad)もなく、チャチョ(Chacho) の愛称で親しまれていた。
氏は、サンフアン移住地にも数回訪問され、サンフアン農協には多大なる理解を賜る親日派であった。ご冥福をお祈りします。
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