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ア・ベ・ホタつうしん 毎月1日発行
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発行:サンフアン日ボ協会
発行責任者:日比野正靱
通信

 2007年 1月号 【通巻120号】(一部抜粋)

 

草の根人間の安全保障無償 資金協力事業の引渡し式


  12月20日(水)、入植50周年事業の一つである「保存林整備事業」自然公園の完工式ならび草の根人間の安全保障無償資金協力の引渡し式が行なわれた。
  午前10時30分過ぎ、大勢の参加者の見守る中、保護林に隣接した自然公園の入口にて、白川大使、JICA江塚所長、伴井市長、伴井組合長、日比野会長によるテープカットが行なわれ、公園計画の経過報告に移った。
日比野会長は、環境庁への届出の遅れ、土地なし住民(インキリーノス)の侵入問題など、容易でない点もあったものの、今日の式に至った経緯を報告、続いて白川大使からは「この公園の重要性と自然保護の意義、環境保護計画の役割に期待したい」と祝辞を賜った。
  引渡し式終了後、大使、参事官、JICA所長による植樹と「50年後の私の木植樹キャンペーン」で苗木を購入された方々による植樹が行なわれた。
  自然公園は、CAISYから譲渡された原生林に隣接する7haを造成したもの。現在は、東屋と手洗いが建設され、中央に位置する池には橋がかかっている。給水設備として風力ポンプも設置されている。今後、愛好会の協力を得て釣り堀りやパークゴルフなどのレジャーが楽しめるように整備する予定。
  この日の模様は、ヤパカニのテレビニュースや『el norte』紙にも大きく取り上げられた。

自然公園造成の歴史
  1959年、サンフアン移住地の市街地計画を立てる頃、センター地区に原生林を残す計画が立てられた。「緑の確保という目的の他、将来、原始林というものが理解できなくなった世代への贈り物である、現在の人たちも、老後、昔の苦闘を思い起こすよすがにしたい」と当時の指導者・若槻氏は後の著書で記している。(「外務省が消した日本人」 若槻泰雄著より)
1989年以来、サンフアン日ボ協会の連合青年団(青年会)により自然保護が計画され、青年主催のダンスパーティなどの収益が原生林外柵工事などに寄付された。1992年に森林の境界線が設定され、1994年から当時JICA派遣の 森 豊彦専門家による森林内の動植物の調査が行なわれ、その報告書が今回の環境庁への届出に重要な資料となった。
2004年、入植50周年記念事業推進委員会で原始林の保護とともに、自然公園を隣接して次世代の関心を高めることを目的として保存林整備事業計画が挙げられた。
隣接の自然公園用地は、元来CAISYの所有地であったが、50周年記念事業推進委員会の要請を受け、CAISYは緊急理事会を開き、用地譲渡を決議し、計画に絶大な協力と援助をしていただいた。また、市議会も計画の重要性を認識し、条例をもってこの計画を支持した。
2005年4月から自然公園の造成工事を行なってきたが、環境庁への未届け、土地なし住民らの侵入に遭い工事を中断。法的解決を経て06年の3月より本格的な工事が再開された。
入植当初には当たり前の風景であった原始林も、現在では自然の財産になっている。1959年の市街地計画において、現在を予測し原始林の保存を訴えた当時の指導者ら、そしてその原始林を破壊されることもなく守り続けたサンフアン移住地。この原始林は今後も移住者の子女、サンフアン市民とともに関心を持って守られることが期待される。
自然公園は、今後6ヶ月をめどに管理小屋などを建設し、整備後に一般公開を行なう予定。


公園入口でのテープカット


中央の池にかかる橋。その背後には椰子がそびえる

 

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