ボリビアのニュース
大統領にエボ・モラレス氏、サ県知事にルベン・コスタス氏
12 月 18 日午前 7 時 30 分、ラパス市にてロドリゲス大統領はじめ数人の閣僚の参加の下、投票開始式が厳かに行われた。午前 8 時、各国から派遣された選挙監視団が見守る中、全国にて大統領、議員、県知事の総選挙が開催された。
エル・アルトでは選挙に参加した老人が投票用紙を受け取り記入所に入る際、あまり興奮したからかどうかは明らかになっていないが、倒れて死亡するという不幸があった。また、選挙人名簿に自分の名前が記載されていない、などとの不手際があったが、特記すべき暴動などは無く、民主的に事が運ばれて選挙は無事終了した。
テレビの報道では当日午後 6 時、選挙結果が発表されたが、予想どおりMAS党のエボ・モラレス氏が優勢となった。
今回の選挙で勝利を得たMAS党はラパス、コチャバンバ、オルロ、ポトシ、チュキサカの高地部5県で圧勝しており、会派PODEMOSはサンタクルス、ベニ、パンドの平地東部の3県と、タリハ県で勝利を収めている。インディヘナ対白人系の争いとも思える選挙となったが、結果的にはインディヘナ人口が多いボリビアでは、見方によっては当然の結果であろう。
当国では有効票の 50 %+1を獲得すれば、その候補者は大統領に直接就任できることになっており、今回の選挙ではMAS党のエボ・モラレス氏、並びにアルバロ・ガルシア( Alvaro Garcia Linera )氏のそれぞれが 06 年1月 22 日に大統領、副大統領に就任する。
ボリビアでは1979年以降の選挙で 50 %+1を獲得した政党はなく、よって、連立政権の形で統治されてきたが、今回はMAS党が与党となり政権を握る。ボリビア国では初めて100%インディヘナが大統領選挙に勝利を収めた結果になり、モラレス氏の統治力に国内外からの関心があると共に、MAS党政権の5年間に良い結果が発揮できれば、今後ボリビアの政権はインディヘナが握ることになろう。勝利を得られなかった党や会派は、いずれも立派な民主的行動を維持しており、MAS党の勝利を認めているが、CAINCO(商工会議所)やCAO(東部農牧会議所)からは、早くもモラレス次期大統領に的確な生産開発部門のオリエンテーションを要求している。
また、COB(労働者連合)のハイメ・ソラレス氏は厳しく、来年4月までにガス・石油の無償としての国有化の実現と法令第21060号の破棄をし、広い耕地の所有者から土地を合法的に取り上げ、農民への再分譲を期待している。また、モラレス氏が野党時代に発言していたように大統領、副大統領、議員の給与の 50 %減額や、最低給与額を1千500ボリビアノスに引き上げるなどを確実に守ってもらいたい。これらすべてが実現できれば5年の任期が与えられるであろうが、いずれかが不履行となれば、その任期は短くなるであろう、と脅迫じみた発言をしている。
エボ・モラレス氏の経歴
次期大統領のフアン・エボ・モラレス・アイマ( Juan Evo Morales Ayma ) 氏は1959年 10 月 26 日、オルロ県でも最も貧しい地区とされているオリノカ( Orinoca )村イサリャビ( Isallavi )地区で生まれた 46 歳。幼少期はイサリャビ 地区で育ち、スペイン語での読み書きが出来ない純粋なインディヘナとして育った。5歳頃、両親がアルゼンチンのレデスマ市近郊のサトウキビ収穫夫として就労していた時代に、その地区にあった小学校で初めてスペイン語を覚えた。1966年、家族はアルゼンチンからイサリャビ地区に帰省したが、同地は学校が無いに等しい状況のため、両親はエボちゃんをカルビリャカ( Calavillca )地区の小学校にて勉強させた。中学校はオリノカ村、高校はオルロ市郊外にある道も整備されてなく、徒歩でしか行けない貧困者の子弟が集まる高校に通う。
高校は卒業したが少年時代は家の手伝いが殆どの日課で、数頭のリャマに塩、キヌア、ジャガイモなどを積んでオルロ〜コチャバンバ間を物々交換などの商いをして歩き回っていた。高校時代は学生として勉学に励んだが、それでも貧困家族であるため、昼はパン屋かレンガ焼きなどで働き、夜はトランペット奏者として家計を支えた経験がある。
ラパス市のインガビ駐屯基地で兵役を終え、1980年の冷害で作物の全滅に起因して、新しい生計を立て直すため両親と共にチャパレ地区に転住した。子供時代から歩くことが得意だったことからサッカーも特技の一つであり、1981年にはサンフランシスコ地区のスポーツ推進事務官となった。サンフランシスコには 10 ヘクタールの土地を所有しており、板張りの家とコカ畑が今でもある。4年後にはサンフランシスコの事務総長となり、1994年にはコカ栽培者のリーダー( Maximo ejecutivo de la Confederacion Unica de Productores de Coca del tropico Cochabambino )にまで昇りあがった。ゴンサロ・サンチェス、バンセル、キロガ、メサなどの歴代大統領との交渉では、地域のコカ栽培者に有利な交渉を多く行い、チャパレ地区の5万農家からなるコカ栽培者連合体の規定に各農家が毎月1ボリビアノスをエボ・モラレス氏の活動費として支払うことが決められている。
また、1997年からは議員としての報酬2万ボリビアノスの他、最近ではONGや、ベネズエラの大統領、キューバからの助成も多いと見られている。
県知事選挙結果
同日、県知事選挙も実施され、サンタクルス県ではルベン・コスタス・アギリェラ( R uben Costas Aguilera )氏が圧勝した。サンタクルス県知事選は当初6人が立候補していたが、結果的には3名の争いとなり、ルベン・コスタス氏が 12 月 21 日での報道では 49.9 %獲得して圧勝、続いて フレディ・ソルコ( Freddy Soruco )氏が 29. 8%、MAS党のウゴ・サルバティエラ( Hugo Salvatierra )氏は 20.3 %という結果となった。
次期県知事のコスタス氏は1955年 10 月 6 日、サンタクルス市生まれの 50 歳、農業技師。家庭では4人の子供に恵まれる。サンタクルス振興委員会の会長に就任して今回県知事に立候補し勝利を得た。
ブラジル、アフトサ病続く
( EL DEBER 11 月 30 日 )
10 月にマット・グロッソ州で流行した牛の伝染病「アフトサ」は、その後も発病し続け、現在 28 ヶ所で発病が確認されており、すでに1万4千443頭の牛が屠殺された。マット・グロッソ州での牛肉生産量はブラジル国内でも2番目であるが、アフトサ病が蔓延したため生産量は大きく減少した。また、 50 ヵ国から輸入禁止されており、深刻な問題になっている。パラグアイ国やボリビア国との国境だけにボリビアへも流行する可能性があり、SENASAGでは国境での検疫体制を強化している。
雑草「チオリ」除草剤への抵抗力アップ
( EL DEBER 12 月 5 日 )
マメ科の雑草で知られる「チオリ」は従来からサンフアン移住地にも生殖しており、今までは接触性除草剤で容易に除草できていた。しかし、CIATの発表によると、「チオリ」は近年除草剤に対する抵抗力がつき、簡単に除草不可能であり、今後作物栽培の問題になるとのこと。この問題の解決には @発芽前除草剤を使用する。A大豆の場合は遺伝子組み換え品種を使用してグリフォサットで除草する、のいずれかであると説明している。
大豆種子の緊急対策
( EL DEBER 12 月 13 日 )
地方種子局は長期にわたる雨と川水増水による災害による 05 、 06 農年度用の大豆種子の確保が困難な状況を受けて、最低 80 %の発芽力を有する種子の証明を、 70 %まで下げて大豆種子の確保に緊急処置を取ることになった。
油脂作物4%増産
( EL DEBER 12 月 21 日 )
ANAPOの報告によると、 05 年は水害と旱魃による被害が発生したが、それでも油脂作物の生産量は昨年と比較して4%、栽培面積にして 11 %アップした。全体では110万ヘクタールが栽培され、 10 万6千ヘクタール増となった。部門別に見ると1位が小麦で栽培面積は 73 %増の4万4千ヘクタール、収量で 47 %増の7万6千トン。続いて大豆で栽培面積が8%増の 93 万500ヘクタール、3位にひまわりで 12 %増の9万9千350ヘクタールとなっている。
ピライ川の鉄橋改修工事日本が援助
( EL DEBER 12 月6日 )
日本の無償援助資金290万ドルを受け、ピライ川に架かるアイゼンハワー鉄橋の改修工事が行われる。この橋は築 50 年になり、老朽化が著しく、このまま利用し続ければ、近い将来に通行不可能となるため、今のうちに補強などを施して改修する計画である。改修工事は、既存の鉄橋をそのまま利用し、鉄橋の柱、桁などを補強し、水流で桁が削られないように防ぐなど。
改修後は日本の無償援助資金を受ける関係から、鉄橋の名前をアイゼンハワー橋から、「日本・ボリビア友好の橋」に変更する予定。施工はハザマ建設会社。工事期間中は橋の下での作業に(測量)に影響するため、午前8時から午後6時までの間は片側一方通行になる。交通規制には一時期レンジャー部隊に依頼することになる。
サンタクルス銀行国内での営業を断念
( EL DEBER 12 月 6 日 )
通称「サンタクルス銀行」は1998年、スペインの Grupo Espanol Banco Santander Central Hispano が購入して国内にて営業していたが、この度、BISA投資グループに3千810万ドルで売却し、サンタンクルス銀行はボリビア国での営業から撤退することになった。BISA投資グループはサンタクルス銀行の吸収により、また、オランダとドイツの資本を得て、国内で一番大きな金融機関となる。サンタクルス銀行は営業利益はあるが、市場が小規模であるためボリビアからは手を引く、と説明しておりブラジル、アルゼンチン、チリ、メキシコ、プエルトリコでは営業続行する。
ワルネス・モンテーロ間ドブレ・ビア実現
( EL DEBER 12 月 8 日 )
長年の夢であったワルネスとモンテーロ間の国道のドブレ・ビア(二車線)建設がいよいよ実現する。 CAF (Corporacion Andina de Fomento) 資金により全長 19.5Km の ドブレ・ビアとなり、工事費は 1 千 130万ドル 、建設会社はミネルバ社で工事開始は 06 年 3 月、工期は 455 日間の予定。
今回のCAFの援助資金は道路建設資金として 2 億5千400万ドルであり、この他にサンタクルス〜コトカ間、マタラル〜バリェグランデ間、サンホセ〜ロボレ間、ロボレ〜プエルトスアレス間の国道アスファルト舗装工事も含まれている。
LAB航空会社に危機?
( EL DEBER 12 月 16 日 )
リョイド・アエロ・ボリビアナ(LAB)航空会社のパイロット始め職員は会社からの給与支払いが長期に亘り滞っていることを理由にストライキに突入することになっていたが、ボリビア政府の仲介により 3 カ月分の給与滞納を支払い、ストは一応解決した。LAB航空会社はジェット燃料の300%の値上がりにより、 1 時間の航空に6千〜7千ドルが赤字となって累積される。
LABは年間1億4千万ドルの収入を得ているが、それでも、800万ドルが 4 年前よりAFPとして支払いが遅延しており、さらには毎月ジェット燃料費で600万ドル、2千400人の職員の人件費で月200万ドル、運転資金や国内外での滑走路使用料などを合わせると赤字経営となっている。国の観光事業に貢献していることからこのような危機にある時期にボリビア政府になんらかの助成を要請しているが、政府は来年の新政権になった時点で考慮されるであろうと回答している。
左派政党党首のコカ農家先住民当選へ ボリビア大統領選
(朝日新聞HP 12 月 19 日)
南米の最貧国ボリビアで 18 日、大統領選があり、コカ栽培農民代表で、左派の社会主義運動党(MAS)党首のエボ・モラレス候補が過半数の得票を得て当選する見通しが強まった。当選すれば、同国で初の先住民の大統領となる。
選管による公式発表はないが、ロイター通信によると、地元の5つのテレビ局が行った開票調査でモラレス候補が 50.8 〜 51.1 %を獲得。右派の社会民主勢力(ポデモス)が擁立したホルヘ・キロガ元大統領は 31 %にとどまった。
モラレス候補は自らの地盤であるコチャバンバで、「平等と正義、公正を求めるボリビアの新しい歴史が始まった」と勝利宣言した。キロガ候補は敗北を認めた。
先住民アイマラ族のモラレス候補は、南米の「反グローバリズム」の旗手だ。 11 月の米州サミットでは、大規模な反米デモの先頭に立った。米国主導の米州自由貿易地域(FTAA)に反対する集会でも、強硬な反米姿勢で知られるベネズエラのチャベス大統領と肩を並べた。
大統領選では、コカ栽培推進のほか、先住民の政治参加の機会確保や、天然ガス資源の国有化などを掲げ、貧困層の支持を集めた。
米国務省の報道官は投票前に「モラレス候補が勝利すれば、米国はボリビアとの関係を再考する」と懸念を示していた。米CNNはモラレス候補の躍進を、「アメリカにとっての『悪夢』が選挙をリード」と伝えた。
FMIが借金棒引き
( EL DEBER 12 月 22 日 )
FMI(国際通貨基金)は 18 ヶ国の借金総額 33 億ドルを棒引き処置にすると発表した。この 18 ヵ国の中にはボリビア、ニカラグア、ホンジュラス、ギアナとアフリカ諸国が対象となっており、ボリビア政府はFMIに対して現在2億5千100万ドルにのぼる借款がある。
首相装い電話インタビュー スペインのラジオ局が謝罪
(朝日新聞HP 12 月 24 日)
ボリビア初の先住民の大統領として当選したエボ・モラレス氏に対し、スペインのカトリック系ラジオ局が同国のサパテロ首相を装って電話インタビューした。スペイン政府がラジオ局に問い合わせて発覚した。同局は 23 日、「敬意を欠いた」と公式に謝罪した。
ロイター通信などによると、コメディアンのDJが当選確実が伝えられた直後に、首相を装ってモラレス氏に電話。つながった電話でDJは祝意を伝えるとともに、強い反米を打ち出すキューバ、ベネズエラの「枢軸国」への参加を勧めた。また、初の外遊先をスペインにするよう求めた。
相手を首相と信じたモラレス氏は、以前にスペインを訪れた時の思い出話をした。
このラジオ局は、同国のカトリック教会の司教協議会が運営しているという。スペイン外相はバチカンの大使に適切な措置を求めた。またボリビア駐在のスペイン大使は同国政府に謝罪した。
スペイン政府の対応に、モラレス氏は「本当のサパテロ首相がお祝いの電話をくれ、招待してくれた」と話し、問題化しない姿勢を示した。
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