ボリビア日系協会連合会(FENABOJA)
<<ABJ通信記事一覧 <<サンフアン日ボ協会
>> HOME <<
ボリビア国旗
CASTELLANO〔スペイン語〕
Pagina Incompleta
ア・ベ・ホタつうしん 毎月1日発行
-----------------------
発行:サンフアン日ボ協会
発行責任者:日比野正靱
通信

 2006年 6月号 【通巻113号】(一部抜粋)

温泉めぐり紀行

本誌翻訳担当の石沢登志雄

今回、5月15日から17日までの2泊3日で、岩崎シニアボランティアの送別会とビリャ・モンテでの釣りを兼ねた温泉めぐりに、8名(伴井富雄、岩崎寿光、大西和重、大塚正明、石沢登志雄、米倉清治、中村忠博、松野利昭)がバゴネタ2台で小さな旅に出た。
  朝7時、サンフアンを出発しサンタクルス市には8時30分に到着。アバポに入る国道の近くのキオスコでカフェを飲むため立ち寄った。大西車の遅れ心配していたもう一台の石沢車の連中の予想は的中した。大西和重さんは新しい運転免許証を家に置いてきて、持って来たのは期限切れの古い運転免許証。トランジットで何食わぬ顔して見せ、期限切れだと注意され、やっと気がつき、罰金を取られるという出来事があったらしい。50ボリビアノスの罰金を20ボリビアノスにまで値下げさせた交渉力は大したものだ。
  午前9時、サンタクルスを出てアバポには10時30分着、昼飯には早いので、そのままカミリ市まで直行し、12時30分にはレストランで昼食、その後ビリャ・モンテまで走り、午後3時30分に到着。
  アバポまでは、特にモラ地区は昔、綿作ブームで広大な土地を開墾した土地に今はゴマ作や大型畜産業が目立ったが、アバポからビリャ・モンテまでは景色が一変し、山岳地帯となり広大な畑も牧場らしき風景は見られない。国道沿いの平地や谷間にマイスを栽培していたが、これがまた見事なマイスだ。
走行距離は片道600キロ、7時間半で到着。最近、松野利昭さんたちが行った経験から、100ボリビアノスのレシデンシアルに泊まる予定だったが、街に入る手前に『Hotel El Rancho』の看板が目に入る。一泊25ドルから65ドルまでの部屋があり、清潔で快適な感じだ。石油関係の技師の泊り客などが多かった。それぞれの部屋を取り、午後4時から温泉に向かう。温泉は10数年前とは違って、タイル張りの個室風呂が6部屋あり、外には円形の露天風呂もあった。ただ、この温泉はピルコマヨ河の対岸にあるため、小船で河を横断する必要がある。もちろん船頭が案内する訳だが、寒い日には温泉といえど湯が冷めてぬるくなる。原水は80度と熱いが、個室の風呂に入る湯は37度とぬるめであった。しかし、硫黄のかおりが強く、温泉気分を満喫することができた。
ピルコマヨ河は濁っており、釣りは無理だろうと感じた。初日は1時間半ほど温泉に浸かり、長旅の疲れを癒すことができた。
  ホテルに戻って午後7時夕食に街に出かけた。ビリャ・モンテのシンボルとも云えるサバロのモニュメントを抜けた公園の一角に焼肉専門店『Restaurant El Buen Gusto』がある。レストランといっても、道端にパリリャをおき、焼肉の匂いを周囲に漂わせて客を釣るようなところであるが、そこの『ビフェ デ チョリソ』はサンタクルス市の焼肉専門店でも無いような、やわらかい肉でおいしかった。皆が「Bife de Chorizo」を注文しようとしたら、誰かが『俺はチョリソはいらん。焼肉がいい』と言っていたが、松野利昭さんが自慢げに「Bife de Chorizoと言う名前の焼肉で、チョリソはコンヨ!」とセキをしながら懸命に説明していたが、納得したかどうかはわからない間に、Bife de Chorizoが出てきた。それを見てチョリソではなく焼肉がいいと、もめていた人も納得して全員がおいしく食べた。
  やわらかい焼肉を食べ終え、ホテルに帰り、また、ホテルのレストランに全員が集まり飲みだす。当然ながらコカもだしてコカをかむことになり、大塚正明さんは、「つばを吐くバケツをもってこい」と言うがバケツではなく紙コップが出てきた。話は温泉の気持ちよかった事と、明日の釣りの話題となった。「あんなに濁った水じゃ釣れんよ!」と言う結論となったが、午前中は釣りをして、釣れんやったらサバロを市場で買っていって、それを刺身に昼飯として、午後からは温泉に浸かってゆっくりやろうと言うことになった。明日の予定も決まり、数人は夜の街に消えていった。誰が行ったかは、特に名前は挙げないが、ホテルに残ったのはまじめな石沢さん、中村さん、伴井さんの3人だけであった?
  翌日7時30分に朝食をとり、8時に釣り道具を持ってピルコマヨ河に直行。確かに濁っている。河の温泉に行く地点から、さらに4キロほど上流に行く道を走ると、大型ボルボ車が10台ほど止まっているのが見え、よく見るとサバロを積んでいる。河の底を見ると漁師が200メートルおきにキャンプを張って魚を取っているではないか! 早速車を止めて約70メートル下の崖っぷちを降りて河についた。
  降りたところはちょうど山の陰となっており、寒かったがルアーでドラードを釣る思いで投げた。2回目に投げたとき、ゴツンと手ごたえを感じ何かがいる気配。3回目を投げてみると竿先に魚がかかったごとき、竿が折れんばかりに曲がる。ドラードだったらジャンプするはずだがジャンプもせず姿が見えない。しかし、竿が曲がりけっこう抵抗がある。あがって来たのはサバロで背中にルアーの3本針がひっかかっているではないか!? それから小1時間サバロを引っ掛ける方式で釣り上げた。3回に1回はサバロが引っかかってくる。またたく間に11匹のサバロが取れた。ルアーの3本針をはずし、テグスに直接なまりとその3本針を結んで投げれば、確実に引っかかってくる。長年釣りをした経験があるが、サバロを引っ掛けて釣ることは始めてである。よっぽど魚が多いのであろう。大西さんのルアーにドラードがかかった。しかし口ではなくて、あごに、だ。64センチの小物であった。確かにサバロにまみれてドラードもいるが、えさが何しろたくさんあるのでルアーなんかに食いつくドラードが少ないのだ。寿光ちゃんもドラード釣りに執念深く挑戦していたが、残念ながら釣れなかった。ボガ釣りに挑戦する者もいたが、えさ釣りではボガは釣れず、かかって来るのは大型のチュッパばかりであった。
私たちは60匹あまりのサバロを釣り上げ、3個のアイスボックスに入りきれなくなったので、釣りを中止して、近くの漁師の狩猟方法を見学に行く。
直径5メートルほどの投げ網に1回で必ず25匹から30匹のサバロが網にかかってくる。上流では少年がタモでひっきりなしに河からサバロをすくい取っている。タモでも必ず1回に1〜2匹のサバロがすくえる。水の中は見えぬが確かにものすごい数の魚がいることは確かだ。
その近くに座り込んで、はらわたを取っているコーリャのおばさんに、何でこんなに河の水が濁っているのか?」と聞くと、「魚が多くて、魚が底で暴れて濁す」とのこと。
「何でこんなに河の水が増水しているのか?と」聞けば、雨が降って増水したのではなく、「魚が上ってきたから水かさが急に増えた。魚がいなくなれば水かさは半分に減り、河水も澄む」ということであった。
5月から解禁となり、サバロ漁は6月いっぱい続くそうだ。
去年はサバロが上がってこなく、淋しかったが、今年はたくさんサバロが上がっていると漁師たちがニコニコ顔で話すが、手は網を投げたり、タモをあやつったり、女性はサバロのはらわたをとる作業で忙しそうだった。この調子で取れればコーリャのおばさんがポリェラ(スカート)を広げて河に入れば、5〜6匹のサバロが確実に捕らえられる。ただ、魚が逃げ場を探して迷い込むことがあるので気をつけないといけない・・・らしい。なかなか冗談もうまい話好きなおばさんだった。
サバロを取るのは簡単だが、70メートル上の道に待っているカミオンまで運び上げるのが重労働でたいへんだ。カツギヤは急な斜面を1回に40匹入った袋をいっきに担ぎ上げる。漁師たちにもそれぞれ漁をする場所が決まっており、やたらに釣り人がどこででも釣るわけには行かない。邪魔にならないところで釣るのがマナーである。漁師たちは小さいサバロは河に返し、大きい形のサバロだけをとる。資源を大事にする行動が見られたが、そのサバロは1匹1.50ボリビアノスから2ボリビアノスでカミオンを持っている商人に売るわけである。ビリャ・モンテの魚市場では1匹3〜4ボリビアノスで販売されている。
昼は温泉に行くキャンプ場で、刺身と焼き魚で昼食をとった。釣りたての新鮮なサバロは身が引き締まっており、コリコリとおいしかった。(※行く時には醤油にわさび、包丁、まな板は持参した方がいい。氷も多めに持っていくほうが無難、ビリャ・モンテの二つの製氷工場や個人で作る氷はすべて売り切れで2〜3日待たないと順番が回ってこない状態)
午後からはゆっくり温泉に浸かって楽しんだ。何しろ河まで上がり降りする急な斜面の細道は疲れる。上がるのに3〜4回は休まないと息切れして死んでしまうからだ。そんなこともあってか温泉は本当に気持ちよかった。
二日目の夕食はホテルのレストランに集合したが、レストランには客も多く来るから、あなたたちは奥にある焼肉の方で食べてくれ、と愛想が悪い。それもそうだ。昨夜はなんにも食べずに、ただビールを飲むだけで大きな声を張り上げて笑って騒いで、おまけにレストラン内でコカをかんで我々は楽しんだつもりだが、レストラン側ではいやな感情を持ったのであろう。聞けば肉料理しかないらしく、しかたなく、魚料理店を探しに町に出向いた。
ヤクイバ方面へ行く国道沿いに魚料理専門店が並び『Fogon II』のSabaro a la parrillaを味わったが、これがまたうまい。一人1匹だがうまかったから殆ど残さず食べてしまった。車に割り箸を持っていたから、それを出して食べたが、まわりのボリビア人が物珍しそうに見ていた。
ゆっくりホテルで休んだ3日目は、朝食後に出発して、カミリでカフェを飲み、石油博物館を見学。午後4時30分に松野ファミリーパークに無事全員到着し、サバロの刺身を肴で打ち上げ会となった。
走行距離1,248キロ、V8エンジンのランクル・ワゴン車でリットル当たり5.09キロの燃費だった。石沢さんは全道程を完走し、まだまだ元気だと自己満足。
次回は今年の冬、アリカ行きに挑戦して、生ガキを食べて海の幸を持ってくるぞ。もちろんカシノは充分楽しみ、かつガソリン代と食費くらいは稼ぐつもりである。

 

ABJ通信2006年6月号のページへ戻る

サンフアン日ボ協会のページへ
トップページへ戻る

 

ボリビア日系協会連合会 / Federación Nacional de Asociaciones Boliviano-Japonesas
Tel:(591-3)333-1452,Fax:(591-3)333-1452,住所:Calle J. Coimbra 57,郵便:Casilla 2006, Santa Cruz-Bolivia,E-mail: fenaboja@cotas.com.bo
”ご意見、感想、身近な出来事・情報・記事(日系社会、日系人、ボリビア〔南米〕に関わる事)を是非お寄せ下さい。”

Copyright © 2002.5-2005 FENABOJA. All Rights Reserved.